10/13に開催された第2回「お悩み"あんちょこ"相談会 」質問1
【質問】Mさん(東京都、30代、アートディレクター)
「公的機関から仕事をもらうことが多いのですが、拘束期間に対して、生活に支障があるほど対価が少ないケースが多いです。予算の都合もあるでしょうが、請け負っている仕事の相場がはっきりしないことも理由だと思います。自分の仕事の相場を決めるにはどうしたらいいか、教えてください」
■アイデアの値付けは難しい
角田:この質問は、自分の仕事が買い叩かれてしまうのに対して、「いや自分はこれぐらいの対価が欲しいんだ」とどう言えば自分主導で対価を決められるか、そしてそれが言えるのか、ということですよね。そういう場面は僕もよくあるんですよ。
加藤:ああ、いまや角田くんもフリーランスだもんね。
角田:例えば、案件の一回目の会議って、クライアントさんからすればお試し的な顔合わせぐらいの意味合いなわけです。ところが僕はそこで結構アイデア満載で色々喋っちゃうんですよね。
加藤:あなた、まあ、よく喋るもんね。
角田:結局色々喋って「ああ満足した」みたいな感じで終わることが多いんだけど、そうすると、そういう「ただ喋ってる」ような事態って成果物が出しにくいから、お金は全然もらえないままですよね。
この質問者のアートディレクターさんもそういう類の悩みなのかな。
加藤:アートディレクターさんのお仕事の場合はなにかしらのアウトプットがあるわけでしょう。だから質問の意図からすると、ご自身が納品したもの、ないしは作ったものに対する値付けのやり方を知りたいってことかな?
角田:確かにその相場って僕も言いにくいよ。「この仕事でこれだけ下さい」とか言うわけでしょう?
加藤:でも角田くんも実際仕事をしてお金を貰っているわけだよね。どうしてるの?
角田:僕がプロデュースをやる時は、まず全体予算があって、そこから資材費とか撮影費とかあらゆる必要経費を抜いていって、余ったものを人件費にしてる。
加藤:はい。
角田:その人件費の中で、例えば僕がプロデューサーで、加えてディレクターがいて、さらにADがいて……とか何人かスタッフがいるでしょう。それが4人だったら、仮に人件費が40万円だったら「10万ずつかな」とか、「でもこのディレクターには15万あげたいよな」とか思うと、「じゃあ僕は5万でいいや」となる。
こっちもプロデューサーだから、「これだけ人足かかる、これだけ美術費が、撮影費が……」みたいにプロジェクトの規模から予算感を数値化できるわけだよ。それを念頭に、それより安いならその仕事はさすがに受けないけれど、全体を算出した中で余ったお金を自分の分にしてる、みたいなことですかね。
■自分の値段を、人に決めてもらう
角田:この質問者さんはアートディレクターさんだということだけど、こういうのってほんとに言い値だよね。
極論すると、じゃあ油絵で何千万とか何億とかする作品だといっても、資材費は何千円でしょう。キャンバスと絵の具くらいで。
加藤:それはそうだね。
角田:そういう時、お金を払う方は極力その「何千円」に近い方の提示をしてくるものだから、どこで金額を決めていいのかと言うと、本当に決まらないね。
加藤:その、いわゆるその油絵みたいなファインアートの価格はギャラリー・画商が決めてくれてるのかな?
角田:そういう世界はギャラリーが決めてると思う。むしろ商業画家になればなるほどキャンバスの単価で決めちゃってたりするよね。
加藤:「○号ならいくら」みたいな話。
角田:その「○号ならいくら」のランクを上げてくのがギャラリーの仕事なんだろうね。
これまで1号の作品が20万だったところ、次の作品は30万円で売れるかとか。
加藤:アートの話でいうと、まず「自分で自分の値段を云うのか」という話があるよね。自分からは云いにくいというかさ。絵画の場合、画商、ギャラリーさんみたいに自分の価値を知ってくれてる人がいて、その人に云ってもらうことで云いにくさを軽減するという部分はあるのかな。
角田:あると思う。だから芸能人にはやっぱマネージャーがいるんじゃないかな。
加藤:芸能人も自分からは云わないわけだ。
角田:言わないっていうか、言えないよね。
■テレビのギャラは「実績」で決まる
角田:NHKだと、「NHKと取引して何年目」という基準でギャラが上がってくんだよ。
加藤:へー、そういうものなんだ。
角田:だから、そんなに有名人じゃなくても、例えば20年間何かでNHKに関わってるとギャラが高いんだけど、ポッと出だけどすごい人気者の出演者は安かったりするんだよね。
加藤:ああ、それは実績が無いと認定されるわけだ。
角田:そう、まさにそういうのを僕らは「実績」って呼ぶんだ。例えば僕がいたTBSでも、プロデューサーとして出演者にいくら払おうかと迷ったときは、アシスタント・プロデューサーに「ちょっと実績調べてみて」みたいに頼んで、社内の担当部署で「この番組ではこれくらい払った」という実績を調べてもらうわけ。
その情報を元に、「前回のこの番組ではこれぐらい払ったんですけど」って出演者の側に交渉に行くわけだよ。
そこから相手方から「でももう5年前の話じゃないですか」とか「あの時はちょっと話が違ったんですよ」みたいなことを言われて、「じゃあ、もう5万乗っけるんで」みたいに交渉をしていくものだと思うんです。
加藤:そうか。ということは、値付けの仕方には多分2種類あるんだね。今角田くんが云った、過去から積み上げていく「実績」パターンと、仕事をもらった側から「いくらです」って云ってしまうパターンと。
角田:そうだね。後者は後者で難しくてさ。仕事の関係で絵を描いてもらった時、向こうから「これぐらいのレベルの絵を何枚描くとすると、1枚いくらです」と最初に提示してくれたんだよ。それはそれで分かりやすいんだけど、ぶっちゃけ「安っ!」って思っちゃってさ。というのも1枚数千円みたいな額だったんだよね。それを聞かなかったら1枚1万円ぐらい渡してたと思うんだけど。
だから、これはこれで話が難しいんだよね。「仕事をする側が先に金額を提示したほうがいい」とは言うけれど、「あれ?本当はもうちょっと上乗せして言ってもよかったのかな」みたいなことは結構あると思うんだよね。
■「知ったもん負けの法則」を活用しよう
加藤:あんちょこ的な回答になるけれど、個人的に「知ったもん負けの法則」ということを云ってるんです。
書籍とかが好い例なんですけど、本を書くと、それを読んでくれる読者の人がいますよね。その読者の方と初めてお会いした時には、一番分かりやすいフレーズで云うと「読みました」ってなるわけです。で、そこでちょこっと関係性が決まってしまうんですね。
名刺交換する時って、なんとなく目上の人は名刺を上から、そうじゃない人は下から出す空気があるけれど、本を読んでくれた方とのやりとりでは、読者の方が「下から名刺を出す」側になる感じがあるんですよ。これを「知ったもん負けの法則」と呼んでるんです。
角田:なるほどね。
加藤:その時に「知ったもん負け」というのは「知られたもん勝ち」ではないんです。
要は、知られている側が上がるんじゃなくて、相手のことを知っている側が下がっていくんです。
初めて会う相手の場合、お互いに対して、知っている情報の量がそれぞれありますよね。
「読者と会います」という時、著者である私は読者であるその方のことはまだ知らないわけです。お互いに会ったことがないわけですから。
でも読者のほうは本を読んでる分私のことを知っている。特にこの『仕事人生あんちょこ辞典』は750ページあるから、まあ全部読んだとして750ページ分、読んでもらったとすると400分くらいの時間がかかる、それだけこちらのことをご存じなわけですよ。
角田:そうか、相手はこっちを知ってるんだ。
加藤:そうすると、情報を知ってる人のほうがむしろ恐縮しちゃう、みたいなことがあるんですよね。
角田:ああ、なるほどね。
加藤:それがそのまま請求額や見積額に直結するかは別だけど、初めて会う前に、自分について多くのことを相手が知っている状況を作れるかどうかは、結構ポイントなんじゃないかな。「有名人」って要はそういうことでしょう。
角田:皆が知ってるからね。
加藤:そういう状況を作れると、さっき角田くんが言ってたことに近い、同じアウトプットでも安く感じられるようなことが起こりやすくなんじゃないかな。
角田:僕のことを知らないクライアントのところに行くとすごく冷たくされることとかあるんだよね。
加藤:そういうこと。相手が角田くんのことを「知ってない」から角田くんに「負けない」んだよ。
角田:そうなんだよね。ああいう態度って腹が立つんだけどそういう時に、僕の名刺って裏側にこれまでやった番組やら本やらなんやら死ぬほどの情報量を書いてるじゃないですか。
それを打ち合わせの間に向こうもチラッと見ると、「金スマ」とか書いてあるのを見るのかな? 10分ぐらい後に態度がコロッと変わることがあるんだよね。
加藤:それが「知ったもん負け」。
角田:そういうことだね。その人はその10分で僕のことを知ったんだね。
加藤:もちろん始めてお会いして普通に話した後は、それぞれきちんと相手をリスぺクトし合えばいいと思うけど、「最初の出会い」で云えば、嫌らしい云い方だけど「知ったもん負け」の状況を作ることはある程度可能じゃないですか。
角田:うんうん。
加藤:「本」というのも分かりやすいし、角田くんの名刺の裏のような実績集みたいなものも、「会って見せる」ではなくて、会う前に実績が見えた状態になっているとより良いのかな、とか。
少しでも「知ったもん負け」の状況を作れると、自分に対して値付けをする時に少し楽になるんじゃないかな。
角田:そうすると、少なくとも向こうが下手に出る可能性が高まる、と。
加藤:その時に、「ただ知ってるだけ」というのでもよくないね。そこにリスぺクトが無ければ、ただ「はあ、なるほど」で終わっちゃうわけだから。
結局、「自分の仕事がどれだけその人にとって魅力的か」を前もって見せていくことは必要ですよね。
■結果だけではなく、そこまでの過程をどう見せるか
加藤:さらに云うと、「過程を見せる」ことも大切ですよね。成果を認めてもらえるとして、そこに至る過程が言語化されていると、「なるほど、こういうふうに考えて、こういうアウトプットを出す方なんですね」と相手が理解してくれるから、また違う「知ったもん」が増える。
角田:そうだね。
加藤:質問者の方は「アートディレクター」とのことだけど、アートとかビジュアル的なものって、中には「パッと思いついたんですよね」的なことを云う人がいて、誤解されてる部分もあると思うんだ。
角田:だから「「パッと」だからギャラはこれだけでいいですよね」みたいに言ってくる人っているよね。
加藤:でも実際には、そこに至るまでに結構考えたから、その結果が出てるわけだ。
「こういう発想ができるようになるまでには、こういう修業を積んでるんですよ」ということを嫌らしくなくお伝えすることができれば、相手もその価値が分かるのかな。
角田:ピカソだったと思うけど、あるカフェで店員さんに「何か描いてください」と頼まれた時、ナプキンかなんかにピロっと描いて「これは何万フランだ」みたいに言って、相手が「ナプキンに描いただけじゃないですか」と言ったら、「ここに至るまでに積み重ねがあるんだよ」って答えたっていうエピソードがあったよね。
加藤:だから「アウトプットだけ見せてるのは実は損かも」という気もします。
角田:そうだよね。だからやっぱり結果だけじゃなくてプロセスを見せていく。『仕事人生あんちょこ辞典』でも「履歴書」の項目はじめ何度か書いてるけれど、これが基本的にいろんなことの解決策だと思うな。
(構成:甲斐荘秀生)
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